並木道に学生達の姿がある。木立が高い為にその向こうは何もみえない。進んでいくと左奥にテニスコートが見えている。2面のテニスコートで学生が練習をしている。並木道が続く、この奥が大学であろう。体格の良い男子学生が一人、ベンチに座って静かに本を読んでいる。彼にア−チ通りを尋ねた。彼は、わざわざ読んでいる本を閉じてベンチから立ち上がった。そして、2〜3歩前に進んで「正面の建物が学舎で、その奥が中庭です。その庭の事をア−チ通りと呼んでいるんです」と言って又ベンチに戻った。彼はシュワルツネッガ−に似た、ごつそうな学生だ。しかし、「その顔」とは似つかない優しさがある。表の道路から学舎に至るまで、校名の入った看板や入り口らしき「門」もない。10月の木立の中は涼しい。しかし、テニスコ−トの太陽は十分な暑さだ。校舎は一段高いところに建っていて中世の城のようだ。中央の門周辺から、その真上の2階至る石壁に、赤い蔦がびっしりと張りついている。まるで顔が真っ赤で、灰色の胴体をした鳥が翼を広げて飛んでいるみたいだ。
石段を上がると広い庭になっている。端に車が5台ほど駐車している。蔦の絡まる中世の建造物に見入っていた。時々、学生が通り過ぎて行く。校舎は正面入り口から左右に、それぞれ50m程ある。2階建ての長方形の建物で、二階屋上には1m程の等間隔に小さい盾のような壁がある。中世なら、そこから弓を射る事が出来る。中央の入り口は木製で、トンネルの様な蒲鉾型だ。その門の上部の壁に大時計が架けられている。この学校はかなり伝統のある大学のようだ。通路の両側には掲示板があり、行事案内が貼られている。トンネルをくぐり内に入ると、芝生の中庭が見えている。それがア−チ通りの様だ。手に書類を持った女性職員が来たので、「トイレは、どこですか」と尋ねた。「右手に、地下への階段があります。その奥がトイレです」と教えてくれた。モダンで新しい階段を下りていくと、綺麗なトイレが並んでいる。そこは、「壁の色も扉の色も、全て薄いピンク色」で、なんだか女性用のトイレに思えてきた。周りを見回しすと、小便器がないのに気が付いた。その時、「カタン」と音がして奥のトイレのドア−が開いた。「用」を済ませた女子学生が1人出てきた。
これは、少々まずいと思った。「心の準備」が多少出来ていたので、彼女に「こちらが、男性用だと聞いたんですが」と言うと、「上の通路(トンネル)の向こう側の階段を、地下に降りてください」と表情も変えることなく親切に答えてくれた。日本だったら、「おっさん、何をうろうろしてるんよ!」と大声でどなられていただろ。中庭の向こうに中世の教会のような大きな「講堂」がある。1階の壁から高い屋根まで、正門と同様に赤い蔦がびっしり付いている。古い石造りで、上部に二等辺三角柱の屋根を乗せている。入り口は通路から一段高い所にある。時間待ちで拝見することにした。古い大きな木製のドアーが、開いたままになっている。中を覗いて見ると、ワックスで磨かれた木製の広い床が、焦げ茶いろの光を放っている。正面奥の中央に演壇がある。ここで、式典や講演など開かれるのだろう。講堂を真ん中にして、左右に1階建ての学舎が延びている。本館の建物と「回廊」で繋がっている。その中庭が「ア−チ通り」である。ウィンドショッピングのように、学舎遊覧をすることにした。授業が終わったようで、教室から10人ほどの学生が、「パラ、パラ」と中庭に出てきた。彼らは楽しそうにしゃべりながら、回廊の一室に入って行った。そこは、大学の「喫茶兼レストラン」だった。「講堂」の前で彼を待つ事にした。
西の学舎から、あごヒゲをはやした教授らしき中年男性と、年輩の女性が出て来た。どうやら、その建物が教授や講師達の控え室のようだ。さらに、4人〜5人の中年過ぎの男性と女性達が出てきた。時計は、約束の1時30分を10分程過ぎていた。暫く待ったが、彼が現れないので少し心配になってきた。周囲を見回すと、トンネルの向こうで彼が手を振っていた。「こちらへ・・・」と合図している。僕が早足で彼の側にくると、横に同年配のもう一人の男性がいた。その男性が、「これから、どこかへ行くのですか」と彼に尋ねた。「この方をク−リ−パ−クへ案内しようと思っているんだ」と答えた。同年輩のその彼は、「それじゃ、又来週!」と言って駐車場の方へ消えていった。「駐車場」に小型車が5〜6台きちんと並んでいる。彼は駐車場に向かった。ホンダのCIVICがやって来た。朝は、気がつかなかったが日本車だ。「前へどうぞ」と助手席のドア−を開けてくれた。「昼食はもう済みましたか」と彼はエンジンをかけた。「はい、あなたはどうですか」、「ええ、学食でね。ところで、街のどこかに行きましたか」、「昨日ゴ−ルウエイに着いたところで、ウイリアムズ通りの周辺だけです」、「いつまで滞在予定なんですか」、「もう2日間なんです、僅か10日間の休暇なんです。日本のサラリ−マンは、10日間の連続休暇を取れるのは、まだ僅かなんです」と答えると、彼は車を発車させた。
少し白髪混じりの細身の紳士で、身長は僕と変わらない。車は、鮭橋を通りケネデ−パ−クの横に出てきた。さらに、南に延びる国道に入って行った。道の両側に小さな工場が建っている。さらに南下すると、国道の端をひたすら南に歩いている人達がいた。その何人かは、私達の車に手を振りながら「何か」を言っているようだ。彼は、彼らを無視しながら運転し続けた。「彼らは、何を言っているのですか」と僕、「乗せてと言っている、学生も大人もいるんです。毎日見かける光景ですよ」と答えた。車は南のゴ−ト方面に向かっている。「今日は木曜日ですが、今週はもう授業はないのですか」、「どうして分かったんですか」と彼、「先ほど、同僚の方が“また来週ね”と言っていたのでそう思ったんですが」、「そうです、私の講義は週3日〜4日なんですよ」と彼、「学生は真面目ですか」と僕、「真面目で優秀だよ。必ず授業の前準備をきっちりしている。ところで、日本の大学生はどうなんですか」と彼。「多くの学生が、遊ぶ金の為にアルバイトをするんです。講義を休んだり、寝ている者もいる」と、彼の反応を見た。「私どもの学生達も、ほとんどアルバイトをしている。しかし、彼らの多くは、学費や下宿代の足しにしている」と複雑な表情で答えた。彼の横顔を見ながら、あのシャロンの明るい顔が思い出された。彼女も「まじめな学生」の一人だろう。彼は「これから、ラウンドタワーとクーリーパークをご案内するよ」と僕の顔を見た。暫くして、車は国道から西に延びる田舎道に入った。すれ違いが困難な狭い道が続く。両側に1m位の雑草が生い茂っている。道は緩やかに蛇行していている。もし、前から車が来れば、急停車となるだろう。前方は見にくくカ−ブミラ−はない。幸いなことに対向車は一台もなかった。
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